【徒然小説】松阪城址殺人事件〜序章①〜

第1章 豪商地区


どんよりとした梅雨空の下、私は歩き出した。

駅前から続いている閑散とした商店街を歩く。

蒸し暑い。

歩けば歩くほど汗が吹き出てくる。

しかし静かな街だ。
連休中にもかかわらず人がいない。

この店は空いているのか…
閉まっているのか…

どの店にも人っ子一人いない。
客もいなければ店員もいないのだ。

一体この街はどうなっているんだろう。



私は決してあてもなく彷徨っているのではない。

この街、そう松阪は歴史ある街なのだ。
江戸時代には商業の街として栄え、豪商たちで賑わっていた。

本居宣長もここ松阪の出身だ。
日本史の教科書で一度は目にしたことがあるだろう。

しかしながら松阪と聞いて頭をよぎるのはやっぱり松坂牛か。
神戸牛、近江牛、前沢牛、米沢牛に並び日本を代表する和牛だ。

何を隠そう、実は私の目的も松坂牛だ。
世界的に有名な神戸牛と食べ比べがしたかった。

ただそれだけのために、遥々ここまでやって来たのだ。



ローカル線に揺られながら車窓を眺めていると、
ある看板が目に留まった。

『松阪市は本居宣長ゆかりの地』

あぁ、そうだったな。
なら、少し散策でもするか…

そう思い、歴史ある街をブラつくことにしたのだ。

商店街をしばらく歩くと伊勢街道に交わる。

交差点の傍には新上屋跡というのがあり、
これが最初に目にした本居宣長ゆかりの地だった。

まるで墓石のような石碑に新上屋跡とだけ記してある。
なんだか寂しい。

車がビュンビュン走る伊勢街道をさらに北へ進むと、
かつて豪商たちが暮らした地区へ抜ける。

ペットボトルの水を片手に、吹き出る汗を拭いながら
ひたすら歩き続ける。



突然、映画のロケ地のような風景が目に飛び込んで来た。
どうやらここのようである。

いかにも作りました感が否めないが、江戸時代の豪商地区だ。
三井家発祥地旧小津清左衛門家など外観のみを見学。

あっという間に川へ出た。

すれ違った人はわずか数人で高齢者ばかり。
住人が観光客を見て物珍らしがるぐらい人が少ない。

もったいない観光地だ。

あれっ、おかしいぞ。
この辺りに『本居宣長邸宅跡』があるはずだが…



しばらく周辺をウロウロしたが見つからない。
あちらこちらにある看板は、焼肉屋のものばかりで史跡のではない。

維持費やショバ代で高価そうな焼肉屋…

商人屋敷の中から聞こえてくる訛り混じりの声…

休憩所のベンチで何かを唱えている二人組…

ツノが生えたビリケンさんが謎の鈴を持ったモニュメントのある玄関…

赤い大きな的が目印の駐車場…

可笑しなものばかりが頭にインプットされていく。
後に、この記憶が呼び起こされることになるとは…



ようやく見つけた『本居宣長邸宅跡』は礎石だけだった。

邸宅自体は移築されたようだ。
しかも松阪城跡に隣接する記念館にだ。

やはり城跡へ行けということか。

等間隔に残っている礎石の先にあるのは、
井戸らしき残骸、土蔵、古びた家。

案内板から察するに本居家のものらしい。

中の様子を見ることはできないが、近くまで行くことはできた。
土蔵も古びた家も扉には鍵がかけられている。

長い間、誰も住んでいないはずだが、
なんだかそんな感じのしない不思議な場所だった。
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